大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所沼津支部 昭和43年(ヨ)266号 判決 1969年7月18日

債権者 トヨタ自動車工業株式会社

右代表者代表取締役 豊田英二

右訴訟代理人弁護士 松坂佐一

同 本山亨

同 河野富一

同 高須宏夫

同 水口敞

債務者 大平産業株式会社

右代表者代表取締役 和田範正

右訴訟代理人弁護士 東城守一

同 北野昭式

主文

債権者において保証として債務者のため金八百万円を供託することを条件として債務者は債権者に対し別紙物件目録(一)記載の土地上にある同目録(三)記載の建物及び右土地上並びにその外周上に存する木杭、鉄線ロープなどを使用して作られた柵、その他の工作物を、同目録(二)記載の土地上にある同目録(四)記載の建物及び右土地上並びにその外周上に存する看板及び木杭、鉄線ロープなどを使用して作られた柵、その他の工作物をそれぞれ仮りに収去して同目録(一)(二)記載の土地(別紙図面(一)表示)を仮りに明渡さなければならない。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は主文第一項二行目(債務者は以下)以降同旨の仮処分の裁判を求めその申請の理由としてつぎのように述べた。

一、債権者は資本金約三百九十億円従業員約三万名を有し各種自動車の製造を目的とする株式会社で、愛知県豊田市に本社工場を、ほか五ヶ所に自動車製造工場を持ち国内外からの自動車の需要に応じている。

債務者は登記簿上昭和四十一年五月二十四日に設立され東京都中央区銀座西六丁目五番地に本店をおき、水産物加工の製造販売を目的とする資本金百万円の株式会社となっているが、その実体は後述するとおり既に申請人会社が所有し占有する別紙物件目録(一)、(二)、記載の土地(以下単に本件土地という)がたまたま債権者に登記名義のないのを奇貨として無理矢理にその所有権移転登記を得てこれを債権者に法外な値段で売りつけ暴利を得ることを目的とした申請外東谷昇同田中政彦同芹沢利一同坂口全弘などの不動産ブローカーグループによって設立された会社である。

二、債権者は自動車需要の激増、自動車の輸入自由化並びに資本自由化に対処すべく昭和三十五年頃から新工場及び総合車輛試験施設の建設計画をたてていたが、この計画に対し全国各地から誘致運動が行われ、静岡県東富士地区は特に未開発地域であり地元市町村でも債権者を誘致するための誘致委員などを選出してその誘致に極めて熱心であったこともあり、当時の斉藤静岡県知事も強く債権者会社の進出を勧誘していた。そこで債権者は他地区からの誘致を断わり昭和三十七年九月駿東郡裾野町及び御殿場市にまたがる約二百三十一万平方米の土地に工場並びにテストコースを中心とした総合車輛試験施設を建設することを決定し、昭和三十七年十月十五日右土地について債権者と静岡県知事との間で債権者の行う用地買収について地元地主から静岡県が委任をうけて一切の責任をもつ旨の右土地買収に関する基本的事項の覚書が結ばれた。

右土地買収は公共性の強いもので債権者にとっては自動車性能技術の向上と大量生産方式による価格の引下げにより自由化に伴う強大な外国資本の流入に対処し、日本の基幹産業である自動車産業の維持、向上、発展に寄与し又、地元市町村にとっては右地区を高度の工業地区に為し地域経済の発展に貢献することとなるもので御殿場市裾野町も工場誘致条例の適用を予定し、その用地買収建設については一部地元負担とした。

そして債権者会社の右地区への進出は昭和三十七年頃から新聞等により報道され周知のところとなっていた。

右用地内の地主は約千名、土地は筆数にして約三千坪を超えておりその買収に関する売渡条件交渉については昭和三十八年七月頃から前記覚書に基づき静岡県の命令により御殿場市裾野町の各担当者が行っていたが、御殿場地区の土地については地主から御殿場市長へ、裾野町地区の土地については地主から裾野町長へと売渡委任が行われ昭和三十九年六月二十五日御殿場市長及び裾野町長をそれぞれ売主とし買主を債権者とする土地売買契約が締結され、売買物件の引渡は昭和四十年三月末日と定められた。

右売買契約締結により右用地内の土地所有権は債権者に移転し昭和四十年三月末日をもって現実にその占有は債権者に移転した。

(なお右用地についての測量、調査、杭打ちは昭和三十九年九月頃から地主立会いのもとに行われ、同年十一月十日までには測量杭打ちは終了し右測量の際土地の外周には債権者の所有であることを表示する十五糎角のコンクリート製表示杭を地上約一米位の高さで埋込み境界を明確にし、更に昭和四十年六月には周りに柵をめぐらし、同年六月六日起工式地鎮祭を行い整地工事テストコース建設工事等に着工した。)

三、本件土地に対する被保全権利。

別紙物件目録(一)(二)の土地(以下単に本件土地という)はもと申請外塩川栄の所有で前項の用地内に所在し同人は御殿場市担当者との間で本件土地及び御殿場市字大野原千九百二十五の四百六十四、畑八畝二十歩、同所千九百二十五の四百六十五、畑四畝二十八歩につき一括して昭和三十九年四月二十日売買代金及び物件補償金四百九万四千六百円、外に転業補償金として八十四万千五百円、売買代金加算金として六十万円を対価とすることを定めた上債権者への右土地売渡委任を御殿場市長に対して行い右委任に基づき御殿場市長は昭和三十九年六月二十五日債権者との間で右土地売買契約を結び(畑二筆については農地法に基づく転用許可を停止条件とする。)債権者の買受所有するところとなった。

右売買契約の約旨に則り債権者は前項に述べるように昭和四十年三月本件土地についての占有権を取得したので所有権及び占有権に基づき本件土地に対する侵害者に対し明渡請求権を有するものである。

四、本件土地について塩川栄より他へ二重譲渡行為及び債務者の占有。

ところが塩川栄は昭和四十一年三月四日本件土地を静岡地方法務局御殿場出張所受付第一三二七号をもって、申請外大曽根寛に同年同月三日売買を原因とする所有権移転登記手続を為しさらに右大曽根から債務者に対し昭和四十一年六月二十八日同出張所受付第四一一一号をもって同年同月二十七日付売買を原因として所有権移転登記手続が為された。

本件土地について形式上存在する売買と称するもの及び移転登記の関係はつぎのようなものである。

先づ塩川栄から荒井喜三郎なる架空の人物(後述するように申請外杉山茂の偽名である)に昭和四十年五月六日売買の形がとられ、右荒井から大曽根寛に売買され中間省略登記により塩川栄から大曽根に所有権移転登記手続が為されついで前述のように債務者に移転登記が為されている。

そして債務者は右所有権移転登記の原因と称している売買が昭和四十一年六月二十七日であるに拘らず、その前々日の同月二十五日に債権者の本件土地に対する占有を不法に侵奪してその地上に別紙物件目録(三)、(四)、記載のプレハブ建物(以下単に本件家屋という)を建築して右土地を占拠してしまった。

右一連の譲渡行為及び債務者会社の設立は東谷昇が昭和三十八年頃債権者の東富士地区への進出のニュースを握み、各地主から予め債権者の買収予定地を安く入手してこれを債権者に高く売りつけ暴利をむさぼることを目的として不動産ブローカーのグループを結成、これに参加した申請外亀川澄夫(同人は東谷昇の出身校日本大学の先輩にあたる)坂口全弘(大口の資金元)田中政彦(東谷昇の参謀)及び御殿場市在住の不動産業芹沢利一等が仕組んだ二重譲渡行為で債権者が調査した結果つぎのような内状であることが判明した。

右東谷等ははじめ昭和三十九年頃三幸商事株式会社(代表者亀川澄夫)を設立し同時に静岡県商工部係官に巧みに接近して債権者の東富士用地建設計画図面を入手し、用地内主要土地を予め買取りこれを逐次県を通じて債権者に売渡すべく画策した。

ついで右会社の実体が曝露するのを恐れ昭和四十年十一月には株式会社荒井事務所(当時採用した山本好信を荒井喜三郎と名のらせ初代代表取締役とし、昭和四十一年七月以降は田中政彦が代表取締役となった。)を設立し三幸商事株式会社と同様の手段で右用地内の土地買付を行い県に売付ける工作を為した。

この外東谷等はさらに脱税の目的で都内の廃業会社(例えば東洋建設株式会社、株式会社経理会館その他十数社)を事実上支配下におき、一旦買入れた右土地をこれらの会社に移転登記したのち県を通じて債権者に譲渡するという悪質巧妙な手段を講じている。

本件土地については既に塩川栄が債権者に譲渡済であり債権者において占有中であるが、未だ所有権移転登記手続が未済であったこと、予め静岡県職員から入手していたテストコース図面により本件土地がテストコースにかかる最も重要な場所であることを知悉した上、塩川栄が本件土地の売却代金等で購入する代替地の問題で若干の不満を抱いていることを知った申請外杉本正夫(芹沢利一の配下)が塩川を杉山茂に紹介し、杉山茂は荒井喜三郎を名のって塩川に近付き本件土地を自分に譲渡すれば債権者との問題はすべて解決でき債権者に対し移転登記もできる旨を述べて安心させ、しかも代金は六百万円の外に二百万円を加え計八百万円を支払うこと、二重譲渡行為は他のものもやっており正しくないことではないなどの欺罔手段を講じて教唆し、無知無思慮な塩川はこれに乗せられて二重譲渡行為に踏みきるにいたった。塩川は債権者会社が東富士地区へ進出するに際して御殿場市誘致委員の一人であり本件土地を債権者以外の第三者に譲渡する意思は毛頭なかったのであるが、右杉山の甘言に乗ぜられて移転登記申請に必要な書類を同人に交付したのである。右書類を取り上げた東谷等は形式的に善意の第三者に登記を経由するため、田中政彦が知人の申請外笹垣甲四郎の弟である大曽根寛に借金の保証人として名義を借用したいと申向け登記手続に必要な印鑑証明書や実印等を借りこれを冒用して本件土地の所有権を右大曽根名義にした上、県を通じて債権者に対して三・三平方米当り二万五千円の不当な値段で売りつけようと目論んだが、債権者が拒否したところその権利関係を複雑にするだけの目的で昭和四十一年五月債務者会社を設立した。債務者会社の初代代表取締役には申請外小笠原初太郎なるものが据えられ田中政彦が右小笠原初太郎になりすましたのであるが、たまたま本件の本案訴訟(静岡地裁沼津支部昭和四一年(ワ)第二六九号)において昭和四十一年から同四十二年にかけて裁判所の和解勧告により和解手続中債務者の代表者が一度も姿を見せないので債権者側がこれを追及したところ、昭和四十二年八月代表取締役を現在の和田範正に変更した。債権者は小笠原初太郎和田範正の関係及びその背景に疑念を抱き北海道札幌市、帯広市、石狩町、留萠市などを調査した結果、小笠原初太郎は石狩町の和田範正が経営する和田水産株式会社の石狩工場に勤務する工員で同工場敷地内家族寮に住み、同居している内縁の妻東谷知恵子は小笠原知恵子の名で右工場につとめ東谷昇の姉にあたること、小笠原初太郎は債務者会社の代表取締役としての認識及び経験のないこと、和田範正は東谷昇の母方の叔父であることなどが判明した。東谷昇は叔父にあたる和田範正を事業資金融通と引きかえに代表取締役に就任させたもので結局債務者会社は東谷等不動産ブローカーグループが本件土地を債権者に不当に高い値段で売りつけるという目的を実現させるための「かいらい」にすぎず、その実体は大曽根寛の場合と同様に善意の第三者を装うための発想に基づくものである。債務者が東谷昇等の前記目的を実現させるための「かいらい」にすぎないことはつぎの事柄によっても証拠づけることができる。

即ち債務者はその目的を水産物加工業ということにしているが本件土地は右目的には全く不適当というべき場所で本件(一)、の土地から直線距離にして僅か数十米の地点に昭和四十年末まで神山復生病院(癩病院)のリハビリテーションセンターの家蓄舎があり、現在でも百数十米離れた地点に右センターが存在して右病院の患者が出入りしており、且つ右土地の地下は岩盤で水脈はなく又電気も二粁以上離れたところにしかなく送電線を引くにも用益関係が難しいことなどから到底右営業目的のために利用することは考えられない位不向な土地である。しかも債務者は前述のように本件土地上にプレハブ建物を建築したが爾来その社員と称するものを居住させ「占有のための占有」をつづけ、債権者の行う自動車走行テストの妨害を何回となく行って来た。そして本件の本案訴訟における和解手続中当初債務者は水産加工業を営むための代替地に関心があるかのような態度をとったが、程なく静岡県から退去することを表明し金銭的に解決することになった際裁判所からの鑑定結果である三・三平方米当り約五千円が提示され債権者はこれを尊重する旨を表明したところ、債権者は最終的には三・三平方米当り十万円ないし六万円という極めて不当な暴利を狙った金額を呈示したのである。

五、右一連の行為によって本件土地の所有名義を取得した債務者はつぎのような理由により債権者にその権利を主張することはできない。

(一)  前述するように荒井喜三郎名をもって本件土地を買受けたとする昭和四十年五月六日当時は既に右土地の占有は債権者に移転しており、塩川栄から大曽根寛に所有権移転登記が為された時点では本件土地を含むテストコース用地全体につき土盛工事も着々と行われていたし、いわんや債務者が本件家屋及びその周辺の柵をつくった時点並びに債務者への所有権移転登記時点ではすでに本件土地(二)、の土地上には盛土を固めてテストコース通路の形も大体でき上っていた。一般に土地の売買を為すにあたり現地を確めないものはまずないであろう。まして水産物加工を目的とする会社であれば猶更のことである。かような社会常識からも債務者は本件土地の現況を知悉しながら登記名義のみを移転させたものと云うべきで、到底正常な取引関係に立つ第三者、公正な自由競争において是認されるような第三者とは云えない。

(二)  塩川栄から荒井喜三郎、大曽根寛、債務者への二重譲渡行為は無効である。

前項のような経緯によって為された塩川栄から荒井喜三郎への売買は山杉茂が本件土地の第一譲受人である債権者を窮地におとし入れて債権者から暴利を貪り、もって不当の損害を与えることを目的としたものであり、その手段も塩川の無思慮に乗じ積極的に働らきかけ二重譲渡行為即ち横領に踏みきらせたもので杉山は右横領の教唆ないし共謀関係にあり正常な取引自由として法の認める範囲を逸脱し、法的保護に価しないから公序良俗に反する行為というべく、よって塩川栄と荒井喜三郎間の売買は無効であるからそれ以後の荒井から大曽根寛、大曽根から債務者に順次為された売買は無権利者による売買であって債務者は本件土地の所有権を取得することはできない。

且つ荒井喜三郎から大曽根寛への売買についても形式的に存するのみで買主たる大大曽根寛は全く本件売買を知らないのであるから不存在と云うべく、仮りに右大曽根の名において買受けたものがあるとしても東谷昇等がなるべく善意の第三者に本件土地が譲渡されたかのような形をつくり上げるため登記手続を経由させたのにすぎないから、荒井喜三郎と右冒用者間の売買は通謀虚偽表示で無効である。

従って塩川栄から大曽根寛に対して為された本件土地の所有権移転登記は法律上効力の認められない原因によるものとして無効である。

さらに大曽根寛から債務者に対する本件土地の売渡及び所有権移転登記は売主である大曽根寛も買主である債務者の当時の代表者小笠原初太郎も知らず、右登記手続に立会人となった塩川の前には大曽根になりすました債務者の社員真木巌と債務者の代表者小笠原になりすました田中政彦とがあらわれ右取引行為を為したのである。

(三)  かりに塩川から荒井喜三郎、大曽根寛、債務者への一連の二重譲渡行為が無効でないとしても、前項に述べるような事情のもとに行われた右二重譲渡行為に関し荒井喜三郎こと杉山茂、大曽根寛、債務者は何れもいわゆる背信的悪意者であって民法第百七十七条にいう第三者に該当しないから債権者は登記なくしてその所有権を右の者等に対抗しうる。

即ち、杉山茂が荒井喜三郎の偽名をもって塩川を教唆し債権者の東富士工場及び総合車輛試験施設用地内のテストコースの中心的な部分である本件土地を取得した上、東谷昇等不動産ブローカーグループに登記名義をうつし債権者に重大な損害を与えその結果債権者を引くにひけない状態に追いこんで暴利を貪ろうとした行為は取引自由の限界を逸脱して塩川から債権者への移転登記を妨げたものであり、その手段は不動産登記法第四条と同程度のものとして右杉山において登記の欠缺を主張することは信義に反すること明らかであるから、債権者は右杉山に対し登記なくして本件土地の所有権を対抗できる。

そして、大曽根寛は全くその名を冒用されたにすぎず、自ら本件土地を買いうけたことも、売却したこともないのであるから「ほしいままになされた無効登記の名義人」であって何等本件土地についての権利も義務も有せず、かようなものに対しては債権者は登記なくしてその所有権を対抗できる。

仮りに大曽根の名を冒用したものが本件土地を買受けたものとしても、東谷昇等のグループが善意の第三者の形をととのえるために塩川から名義をうつしたに過ぎないのであるから、杉山茂と同じく背信的悪意者である。

さらに、本件土地の現所有名義人である債務者も前項に述べるように東谷昇等グループがこれを種に債権者から暴利をむさぼることを目的として設立された会社で、少くとも不動産登記法第四条、第五条に類する背信的悪意者であるから債権者は登記なくしてその所有権を対抗しうるのである。

以上のように荒井喜三郎、大曽根寛、債務者は東谷昇等不動産ブローカーグループの表面にあらわれた者で、何れも共通の発想基盤に基づくものに外ならず右三者の背信的悪意性は相乗的にその度合いを強めるもので債権者は本件土地所有権の取得を右三者に登記なくして対抗しうるものである。

六、保全の緊急必要性。

(一)  債権者の東富士用地のうち本件土地を含む北西部の約百三十二万平方米は当初よりテストコースを中心として自動車の高速耐久性及びこれに伴う完全公害対策、新技術の開発を目的とした総合試験施設を建設する予定で昭和四十一年秋からの完全使用を目指して同四十年六月から工事に着手した。

右試験施設の内容は車輛の走行テストを行うテストコースと車輛性能試験施設(安全衝突テスト、排気ガステスト、風圧テスト、高速ブレーキテスト、公害研究所等)からなる技術研究の開発施設であって、これらの施設は車輛の高速走行の他の走行と密接不可分の関係にあり種々のテストを同時に併行して反復試行しなければその効率は上らない。

ところがこれらの予定施設の建物工事完成状況及び利用状況は工事において建設予定の僅か三分の一程度、完成ずみのものと云えどもそこに予定された諸々の実験が債務者側の妨害行為などにより殆ど不可能に近く総合車輛試験施設としての効率は極めて低い状態である。

特に右未完成諸施設、実施不能な諸実験が高速耐久性と安全性の研究開発に最も関係が深い部分で、例えばテストコース直線路における急速ブレーキテスト、加速テスト、スラロームテスト、横風風圧テスト、スキッドパッドにおける急速旋回テスト、スリップテスト、凍結路面テスト、高速衝突試験場における人体安全テスト等がこれにあたる。(別紙図面(二)及び一覧表のとおり)

このような状態下にあっては債権者が右総合試験施設において実施しようとする各種テストの実施は事実上不可能に近いのであるが、債権者としてはつぎのような事情からこれらテストの実施は一刻の猶予も許されない切迫した必要性にかられている。即ち

(1)  資本自由化対策からの要請。

我国の自動車産業に対する資本自由化の問題は既に実施の時期と方法に焦点がしぼられており、緊迫した状況下にあるのであるが我国の自動車企業としては右資本自由化が実施されるまでの限られた短期間内に米国のゼネラルモータース、フォード、クライスラーの三社――いわゆるビッグスリー――を頂点とする優勢な外国自動車産業に対抗しうる程度の力を是非共つけておかなければならず、その実現をはかることが現在の日本の自動車産業に課せられた最緊急事である。しかし乍ら日本の自動車産業はアメリカのそれに比して資本力、生産規模などと共に技術格差が厳然と存し、就中高速耐久性能についてはその差が甚だしい。この格差を限られた短期間内に縮めるため債権者としてはそのための施設である本総合車輛試験施設を一日も早く完成し直ちにこれを全面的に活用しなければならなのであって、右完成と全面的使用こそが債権者会社の興亡を決するものでありひいては我国自動車産業の命運をかけた施設といっても過言ではない。

(2)  高速走行災害防止対策からの要請。

従来日本の自動車メーカーは道路事情その他からスピードよりも燃料消費量の節約を企図した設計に努力し、高速における耐久性能の研究とその災害、防止研究は先進諸国に比べ遅れ、ようやくその緒についたという現状である。ところが国内における高速時代の到来と海外輸出の急伸とは自動車の設計技術に一大変革をもたらした。最近の顕著な傾向として高速走行時の災害件数が増加したということのみならず、その災害の内容が人命に危険を及ぼすほどの重大な事態を生じており、その対策の緊急性は自動車メーカーの企業責任にとどまらず社会的見地から最優先にとりあげるべき性格のものである。右災害の具体的な発生は高速走行時の急ブレーキ、急旋回によるスリップ、瞬間的な横風、高速での追越時における運転操作上の事故として表われ、しかもそれが殆ど人命にかかわる大事故の発生につながっているので、これら重大災害の防止対策として自動車メーカーの立場からすれば高速走行時における車輛安全性能の向上に努力することが不可欠の要件となる。そしてこの安全性追求のテストとしては実際に車輛を長時間に亘って高速走行させることによって生ずる改善箇所の発見、並びに走行上の諸条件に即応できる性能をい向上させる以外に現実的な解決の途はないのであって、その緊急必要性は一企業の経営上の問題というよりは国家的、社会的要請というべきで、この要請にこたえ得る途が本総合車輛試験設施の全面的活用による研究開発に外ならない。

(3)  輸出強化対策からの要請。

我国の自動車産業は鉄鋼、造船と並び日本経済の基幹産業としてその重要性が認識され特に輸出の拡大による貴重な外貨獲得の急先鋒として戦略産業とさえ称されるまでに成長し、且つその附加価値額は機械工業中首位を占めている。そして日本の狭隘な国土事情から今後自動車メーカーのあり方としては当然輸出に重点を置かなければならず、現状においてすら債権者は全生産台数の二十パーセント乃至十五パーセントを海外需要に依存しており、輸出額は年間売上げにして約一千億円にものぼっている。

しかし乍ら交通事故の頻発、大気汚染問題は近年特に世界的にとり上げられ各国とも自動車の安全基準強化を高め、米国では既に昭和四十三年一月一日より二十項目に及ぶ安全基準並びに排気ガスの排出基準が施行され米国への輸出車にも適用されている。さらに昭和四十四年一月一日からは五項目の安全基準を追加し、その規制は益々強化されつつある。また、欧州においてもスエーデンをはじめ各国において安全基準が強化ないし新設されるなど、この傾向は全世界的になりつつあるが、これら諸外国の安全基準強化は国内よりも更に高速耐久性能を前提としたものであり、今後の自動車はこれら内外の安全基準を充足しなければもはやその商品価値を失うことを意味するもので、もし今後共債務者の本件土地不法占拠並びに各種妨害行為により安全性追及のテスト施行が阻止されるならば前記安全基準をみたす研究は不可能か又はその研究に著しい遅延をもたらすことは明らかである。

かように「安全性の追求」は人命尊重の見地から世界的要請であると同時に、債権者にとってはその阻止により年間一千億円の輸出に大きな支障を来たすのみならず自動車の商品価値を損われ償うことのできない損失を蒙る結果となり、国家的な見地からも本総合試験施設の全面的早期活用は緊急必要性を有するものである。

(4)  諸官庁からの勧告及び要請。

債権者は本件土地を含む約二百三十一万平方米のうち農地について昭和四十年三月二十九日付をもって転用許可を得たが、債務者の本件土地不法占拠及び各種妨害行為によって予定された試験施設の工事着工が殆ど不可能なばかりか、すでに完成した施設の利用すら極めて困難な状態にある。

そしてこれらの事態は農地転用を許可した農林省からみても農林行政指導方針に反する結果となり、昭和四十三年八月債権者は静岡県農地部長から全体用地に関する早期全域活用の勧告をうけた。この勧告の趣旨に従い債権者としては一日も早く全域活用をすべくこれを不可能としている債務者の不法占拠、各種妨害を除去しなければならない。

また、最近の高速道路における重大災害の発生に伴い高速道路における交通取締に必要な警察官の運転技術習得のため静岡県警の申出により同県警のパトロールカーに本総合試験施設内のテストコース利用を認めているが、本件建物内に居住する債務者の従業員の往来を慮ってきめ細かい訓練等は実質上不可能に近い実状でこの点からも本施設の全面活用は早急に必要である。

さらに地元である裾野町からも地元産業振興発展のため一日も早く本総合試験施設を全面的に活用すべきことを昭和四十三年三月と八月の二回に亘り要請されている。

(二)  債務者の妨害事実。

本件(二)の土地上の本件(四)の家屋はその位置がテストコース直線路からスキッドパッドへの進入口にあたるため、直線路からスキッドパッドへの車輛の進入が妨げられ実験は勿論スキッドパッド工事の完成すら不可能な状態である。

又本件(一)の土地上の本件(三)の家屋は債権者が計画中の高速衝突試験場建設地点に属し、右土地、建物の存在のため建設のための測量すら不可能な状況にある。

本件(三)(四)の家屋はテストコース直線路をはさんで相対峙しておりその間の往来はテストコース直線路の一部を通行して行われる。このためテストコース直線路上における走行テスト中債務者の従業員及びその運転する自動車が右直線路に自由に出入している実状で、もし仮りに債権者が所期のテストを行えば債務者の従業員や自動車との間に衝突事故を引きおこすことは火をみるより明らかである。このため同直線路を使用する高速テストはその機能に重大な支障を来たしているが本申請当時二、三ヶ月間の右両家屋間の往来は一日平均二十数回に及んでおり、主として午前九時から午後五時の間に平均十五分間に一回の割で行われている。債務者の右建物居住状況から特にこのような使用の必要性は考えられず、その往来も明らかに同直線路の走行妨害のみを目的としたものと判断せざるをえない。

しかもなお昭和四十一年十一月より同四十三年四月までの間本案訴訟中に行われて和解手続進行中にも右往来行為の外、(イ)テストコース周回路へ立入り車輛を走行する、(ロ)テストコース周回路内に自動車を斜めに駐車し債権者の行うテスト走行を妨害する、(ハ)本件(四)建物敷地内において居住者がタイヤを焼却し、煙を出すことによってテストコース周回路におけるテストドライバーの視界を妨げ、且つ悪臭を生ぜしめてドライバーの運転を阻害する、(ニ)右家屋敷地内から直線路に向って夜間テスト中のドライバーに対し強力なライトをあてドライバーの視覚を眩惑させる、などの妨害を敢行しこのため債権者は必要なテストを殆ど中止せざるを得なかった。これらの諸行為は明らかに債権者の行う走行試験を妨害して困窮させ、和解条件を有利に展開しようと画策したものに他ならない。

債権者は前記妨害行為はテストドライバーの人命にもかかわる悪質極まりないものであったため、再三にわたり和解裁判所を通じてその中止を求めると共に和解による円満解決の努力を行って来たのであるが、和解決裂にいたるや債務者は更に悪質な手段を用いてテスト妨害を開始し出した。即ち(イ)本件(四)建物付近の直線路上にあらかじめ餌をまいて付近にいたる野犬を誘引しテスト走行を妨害する、(ロ)昭和四十三年七月三十一日右建物付近路上に拳大の石三、四個及び小石多数を散乱させコース使用を妨害する、(ハ)債権者の試験車が直線路及び右建物付近を通過する直前、駐車中の債務者所有の自動車を突然バックして直線路へ進出させる、などの行為を為した。かような妨害行為は高速で試験するドライバーに恐怖心を起させ、もしくはその運転操作を誤らせて大惨事を引きおこす危険性をはらんだ悪質極まりないものであり、債務者が本件土地を占拠する限り何時いかなる方法で悪質な妨害が行われるか予測がつかず、債権者のテストコース利用は著しい制約を受けざるを得ない。

(三)  債権者の障害と損害。

以上のように債務者が本件土地を占有し且つ債権者の本総合試験施設利用を妨害することにより債権者は計りしれない有形無形の損害を蒙っているが、その主なものはつぎのようである。

(1)  諸試験施設の建設不能。

衝突実験施設は本件(三)建物位置に建設予定であるところ右建物存在のため測量すらなしえない。また横風送風実験のための装置は直線路東側に建設中のところ債務者従業員の往来のため工事中止をしており、スラローム実験施設はテストコース直線路上の一部に取りはづしが可能なように設置するもので、直線上を高速度で走行した上この施設に突入し運転操作に与える影響を実験するのであるが、右直線路上の高速走行が債務者会社関係者の往来により不可能である限り右実験は行うことができない。

(2)  諸実験の実施不能。

高速ブレーキテストは周回路からの加速を利用し直線路南側より北側にかけて時速百五十ないし二百粁で走行中の車輛が障害物を発見して高速ブレーキをかけるテストであるが債務者側の人間の往来、妨害が予想されるので人身事故防止のため実験不能である。

加速テストは直線路を利用して毎回に亘り加速・減速を行い加速性をテストするものであるが、前記直線路への債務者会社関係者の出入のため高速が出せず実施不能である。

高速旋回テスト・スリップテスト・凍結路面テストは直線路上より高速でスキッドパッドに突入しそこで旋回し操縦性能をテストするのであるが、スキッドパッドへの進入口が本件(四)建物にかかるためスキッドパッドの建設が不可能となっており、従ってこのテストも実施できない。

(3)  本試験施設における走行テストは多く時速百五十ないし二百粁の高速で行うため些細な障害の存在が直ちに人命にかかわる大事故につながる危険性をはらんでいる。前述する債務者の妨害はその何れを取り上げても百パーセント人命にかかわる危険この上ない無謀行為である。

(4)  東富士総合車輛試験施設は債権者会社の新製品開発のためのテストを主目的として計画、建設されたものであり、同施設内で走行試験中の新車輛が債務者の従業員と称する身元不明確な人物の目にふれることは激烈な産業戦争下において債権者の機密保持体制に多大の危険を及ぼすこととなり耐え忍ぶにはあまり大きな犠牲を強いるものである。

(2) 債権者は愛知県豊田市所在の本社地区にも総合性能試験場を有するが右は昭和三十一年一月に完成したもので、現在の高速性、安全性のための諸テストを遂行するには極めて不十分であって、そのため東富士地区に本総合試験施設を建設しつつあるのであるが、今仮りに同試験施設に代わるべき諸条件を備えた適地を他に求めることは極めて困難で事実上不可能である。そして債権者は既に東富士用地全域に対しすでに工場部分も含め約百数十億円の投資をしているが債務者の本件土地不法占拠ならびに各種妨害行為のため総合車輛試験施設に対する既投資額約六十億円は全く水泡に帰することになる。

現に本施設において十分なテスト等が実施できないことによって生ずる輸出車輛、国内販売車輛の売上げへの影響は金銭に算定が不可能な程重大且つ深刻である。

(四)  債務者の本件土地に対する不必要性。

一方債務者は本件土地を水産物加工工場として使用すべく取得した旨主張しているが、すでに述べるとおり本件土地は右目的のためには最も不適である外、国道二百四十六号線から直線で二、三粁も離れ、岩波駅からの通路は債権者工場用地内通路を利用しなければならず、殊に工場に必要な道路は皆無で債権者のテストコース内を強行通行しなければならず、本件(一)と同(二)の土地との往来もテストコースを使用しなければ不可能であるる。

且つ昭和四十二年十月の本案訴訟における和解手続中債務者は裁判所に対し静岡県から撤退するがその代わり本件土地、建物に然るべく補償すべき旨を述べ、本件土地、建物を業務上必要としないことを自供した。

七、以上のように債権者は本件土地の所有権、占有権を有するものであり債務者は無権利者ないし債権者に対し権利を対抗しえないものであるから債権者は債務者を相手どって建物収去、土地明渡等の本案訴訟を提起し右は昭和四一年(ワ)第二六九号事件として静岡地方裁判所沼津支部に係属中である。ところが本件土地は債権者総合車輛試験施設の中心部にあって債務者の不法占拠により前述の如くあらゆる面で重大な支障を来たしており一刻の猶予もできない程その除去に緊急性をもっているので仮りに本件(三)、(四)の建物を収去して本件土地を明渡し且つ債務者会社従業員の立入らぬ様仮処分を求める。

債務者訴訟代理人は債権者の本件申請を却下する、訴訟費用は債権者の負担とするとの裁判を求め答弁として債権者の申請の理由に対し

一、第一項中債権者と債務者とがそれぞれ肩書地に住所をもって営業する株式会社であること

第二項中昭和三十七年十月十五日債権者の東富士工場用地買収に関する基本的事項の覚書が債権者と静岡県知事との間で為されたこと

第三項中本件土地がもと塩川栄の所有であったこと

第四項中本件土地につき塩川栄から大曽根寛に、大曽根寛から債務者にそれぞれ主張のような所有権移転登記手続のあることは認める。

二、債権者の東富士工場用地買収に関し売買の交渉とその契約の締結に対し御殿場市地区土地所有者代理人として御殿場市長が、裾野町地区土地所有者代理人として裾野町長が各受任されたことはない。本件土地の売買契約に関して御殿場市当局は債権者の代理人として行動し同市当局より交渉をうけた塩川は自己の実印を押捺した委任状や印鑑証明は渡しておらず、却って仮払いされた三百万円を返却しこれに対し同市当局も仮登記手続や仮登記仮処分命令申請手続をとることなく経過し、あまつさえその買収事務を市より静岡県当局に移転し同県の吏員等が本物件を求めて株式会社荒井事務所を来訪している。これらの事実は塩川が本件土地を御殿場市や静岡県、まして債権者に売渡さなかったことを示すものというべく、塩川としては債権者の代理人である御殿場市長と同市当局係員から本件土地を債権者に売却することの交渉をうけたが、代金額と替地についての要求が認められなかったので右売買契約は結ばなかった。

且つ債権者の主張する本件土地の所有権取得は債権者と御殿場市長との間にかわされた昭和三十九年六月二十五日付売買契約書による売買契約の締結に基づくものであるが、仮りに右契約が成立したとしても同契約の約定によれば、(イ)代金は内渡金として八十パーセンを契約時に、登記完了のときに二十パーセントを支払う、(ロ)土地上の立木、苗木などは別に定める期日までに売主が除去する、(ハ)農地以外の土地の所有権移転登記は契約成立と同時に行うこと、(ニ)農地はその転用許可のあったときに所有権移転登記と代金の授受を行うこと、(ホ)所有権の完全な行使を阻害する第三者の権利は所有権移転登記申請時までに取り除くこと、(ヘ)公租公課その他の負担は所有権移転登記完了の前日までは売主の負担とすること、となっておりこれらの条項からみれば本件土地の所有権移転の時期はその登記手続完了のときと解されるが、一方御殿場市側と債権者との間でトヨタ用地買収の内容を確定した委任状によると、(イ)代金は委任状提出時に十パーセント債権者との契約時に四十パーセント農地転用許可のときに四十パーセント所有権移転登記のときに十パーセント支払う、(ロ)工場誘致不調のときは代金返還と契約解消をすること、と定められておりこれによれば本件土地を含むトヨタ用地地主と債権者との間の土地所有権及び占有移転時期は工場誘致計画が完結し且つ所有権移転登記手続が終ったときと解するのが相当である。

従って本件土地について所有権移転登記を得ていない債権者はその所有権を主張することができないと云うべきである。

三、本件土地所有権は塩川栄から杉山茂、杉山茂から荒井喜三郎こと田中政彦、田中政彦から債務者へと順次移転し、杉山茂は昭和四十年五月六日、債務者は同四十一年六月十四日にそれぞれ前占有者から本件土地の占有を円満に承継した。

四、申請の理由第六項の保全の緊急必要性の主張については本来保全訴訟における緊急性或いは必要性の論理は主張者の恣意に基づく財産の使用収益計画が立てられていることにより論証されるものではない。

と述べた。

疎明≪省略≫

理由

第一、債権者の被保全権利。

一、争いない事実。

(1)  当事者がそれぞれ肩書地に住所をもち債権者主張のような営業目的で設立登記の為されている株式会社である。

(2)  昭和三十七年十月十五日債権者の東富士工場用地に関する基本的事項の覚書が債権者と静岡県知事との間で作成された。

(3)  本件土地がもと塩川栄の所有であったが同土地につき塩川から大曽根寛に、大曽根から債務者にそれぞれ債権者主張日時、主張のような所有権移転登記手続が為されている。

二、債権者と塩川栄間の本件土地売買。

(一)  債権者の東富士地区進出決定。

≪証拠省略≫によれば、債権者は従来国内むけ需要を主として生産して来た自動車の輸出強化、資本自由化実施に伴う外国自動車会社の日本進出及び国内高速道路の整備にそなえ、自動車の高速安全性と保安基準の面からの総合研究施設を必要とし、昭和三十五年頃新工場と総合車輛試験施設の建設計画をたてていたところ静岡県外数ヶ所から右工場誘致の申入れがあり、昭和三十七年秋静岡県下における未開発地域である駿東郡裾野町、御殿場市にまたがる東富士裾野一帯のうち約二百三十一万平方米を右建設用地(以下単にトヨタ用地という)として買収することを決定し、同年十月十五日債権者と静岡県との間で土地買収に関する基本的事項の覚書がかわされ、同覚書において県は各地主から委任を受け一切の責任をもってとりまとめてこれを債権者に売渡すことが定められたこと。

右債権者の工場誘致が具体化するのに併行して御殿場市裾野町においてはおのおのその自治体内から誘致委員を選任し、一方用地の対象となる地域においては各部落毎に地主代表等を誘致協力委員に選出しこれを市、町が同委員に選任し、誘致委員会を開催し右誘致に協力する態勢をとるとともに用地買収に関する条件等について県を通じ債権者からの説明や地主側からの要求などの意見を交換して来たが、右用地についてはその予定面積、該当地域の大略が定められたものの同用地内の地主は百数十名に上ることや県及び地元市、町の誘致という特殊性からできるだけ債権者に便宜を与えるとともに各地主間の公平を期するため売買価格その他の売却条件については債権者が個別に各地主と接衝することをさけることとし、御殿場地区の売買について地元地主の代理人として御殿場市長が、裾野地区については地元地主の代理人として裾野町長がそれぞれ委任を受けて一括売買交渉を為し債権者は右売買については一切地元市長を通じて為す、対象地の地主が右市、町以外の土地に居住する場合は県が売買のあっせんを為す旨のとりきめが為され、買受地、価格の決定その他の売却条件について右市、町地元地主等と同市、町担当係員(御殿場市においては同市観光課員)とが協議しその結果を県を通じ債権者に示しその諾否をとる形で売買交渉が進められていたこと。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、トヨタ用地のうち本件土地の売買価格は債権者御殿場市係員が種々接衝の結果最終的に平均坪当り千三百八十円、立木等売却地上の物件補償金、転業資金等協力慰藉料として坪当り百二十円合計坪当り千五百円と定まり、一方債権者は御殿場市長、裾野町長の支払請求に基づく県からの支払依頼により静岡銀行、駿河銀行を経由して同市長、町長あてに逐次トヨタ用地に対する代金の支払を開始し、(地主の要求により契約締結前に仮払金を支払うことを了承)昭和三十八年八月十六日に三千万円、その後同四十年十一月三十日までに合計十五億五千七百万円を支払ったこと。

塩川栄は本件誘致については地元地主として誘致協力委員にもなりトヨタ用地該当地域内の所有地を債権者に売却することについては異存なく、昭和三十九年四月二十日付で御殿場市長に対し本件土地を含め一町二反の土地売却方委任状に署名押印し、同年四月二十一日代金及び協力慰藉料合計四百九十三万六千百円の半額である二百四十六万八千五十円を御殿場市を通じ債権者から支払をうけたが、右委任の際同人は自己の売却すべき土地面積が広く且つ右土地は終戦後開拓用地として払下げられたものではなく先代からの所有地であった関係上買増金を欲し且つ御殿場市に対し個別的に代替地のあっせんをすべきことを要求し、他の類似の事情下にある地主も同様の要求を出していた。

御殿場市担当係員も極力右希望にそうことを約し塩川に対しては疎甲第十八号証記載の念書を作成し、反当り五万円合計六十万円の加算金を上積みすることについてはその責任において債権者の承諾を得ることとして立替払を決し、なお代替地をあっせんするためその候補地を右塩川に紹介するなどの努力をつづけていたが、一方全地主の委任状の提出をうけた御殿場市長は昭和三十九年六月二十五日付で債権者との間でトヨタ用地についての売買契約を締結し、売却物件の受渡しを昭和四十年三月末日(但し農地については農地転用申請が許可されたとき)までと定め契約成立と同時に農地以外の物件について所有権移転登記手続申請を為すべきこと、代金内金として八十パーセントを支払い残二十パーセントは登記完了の時に支払うことなどを約したこと。

塩川は昭和四十年三月頃、裾野町茶畑字石原洞二千百六十番山林四反五畝(実測九反)を代替地として選び、その代金百四十万円全額を御殿場市に支払うべきことを要求したので、同市係員は加算金、代替地あっせんに関する約旨と異なる旨を述べ加算金六十万円の限度で負担することを主張したが塩川の強い要求により債権者の了解をえて右六十万円の外八十万円を支払うこととし、合計百四十万円を交付し塩川は右金員をもって右代替地を買受け息子名義で所有権移転登記をしたこと。

御殿場市係員は債権者から送付された市金庫に保管中の代金のうちから本件土地残代金を塩川に支払うべく、昭和四十年五月十日頃までの間に再三同人に対しその受領方催告し右日時に同市吏員勝間田卯一が小切手をもって現実に提供したが塩川は理由を明示せずその受領を拒み、前係員山崎某と話合いたい旨を繰返し、同年五月十四日三百万円の小切手を同市観光課あてに送付しその後代替地価格の高いこと、売買代金の増額を要求し債権者との交渉については同市以外の有力な第三者を依頼した旨を述べたこと。

(三)  本件土地に対する債権者の占有。

≪証拠省略≫によれば債権者は前示契約に則り昭和三十九年十一月末頃県知事代理商工部工業一課瀬野課長補佐御殿場市長代理江藤観光課長裾野町長代理鈴木課長立会の上用地の境界を確認し農地以外の土地についてその引渡しをうけ、農地については農地転用許可をうけた上昭和四十年三月二十九日引渡し(なお御殿場市長名をもって同年三月十五日までに地上物件の除去方を催告した書面が売主の一人である杉本正夫に送付されており同様の書面が他の売主に対しても送付されているものと推察される。)をうけたが、右引渡しに先立ち申請外大場土木建築事務所に依頼して測量の上境界杭を設置した。右測量、杭打ちにあたっては事前に御殿場市裾野町長に予告の上各地主の立会いを求め、債権者は右引渡しを受けた後引きつづき工場、総合車輛試験施設の建設工事を各工事関係会社に請負わしめ昭和四十年五月頃テストコース工事等のため申請外鹿島建設株式会社、同豊田コンクリート株式会社が機材搬入の上飯場を建て同年六月六日起工式、地鎮祭が行われ、同年十二月に本件土地(二)を含むテストコース予定地に鹿島建設株式会社が土壌を運び込み道路用に盛土を開始し同四十一年六月には右盛土工事がほぼ完成したこと。

以上の各事実が一応認められ(る)。≪証拠判断省略≫

そして本件土地が別紙図面(二)中赤色で塗抹された部分であることは債務者の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。

債務者は本件土地売買につき塩川が御殿場市長を委任したことはなく、同市長は債権者の代理人として塩川と売買接衝をなしたのに止まる旨及び昭和三十九年六月二十五日付売買契約は売却地所有権移転登記完了のときに債権者に所有権が移転する定めである旨を主張するが、前記認定事実にてらし首肯し難く且つ≪証拠省略≫によっても所有権移転に関しそのような特約のあったことは認められず他に右主張を認めうる疎明はない。

三、塩川栄の本件土地二重譲渡。

≪証拠省略≫を綜合すると、

(一)  塩川は本件土地を売却した代替地として得た前記石原洞の土地の外更に代替地購入を欲し右売却代金の増額を御殿場市係員に強く要求したが、同係員は他の地主との均衡や既に決定された代金、加算金の外に代替地代金不足分八十万円も支払った以上右要求を債権者に通ずることを拒んだところ塩川は近隣に住む不動産ブローカー杉本正夫に右市係員との交渉や不満などを告げた。右杉本は同業者等の寄り合い場所になっている裾野町所在の居酒屋「よしまさ」に出向き不動産ブローカーの杉山茂に本件土地の買付が可能であることを紹介し、一方塩川に対して御殿場市係員の外に債権者と直接交渉し得る立場にあるものと云って右杉山を紹介し、杉山は坂口文明を同道して本件土地を検分の上荒井喜三郎を名のって塩川に対し本件土地を値よく買入れること且つ自己がトヨタに対して右土地をもって行くことのできる立場にある旨を告げて巧みに誘いかけ、塩川は杉山が本件土地を八百万円で買受けることを承諾したため右金額に誘惑されしかも法知識に乏しいところから右土地は杉山の手を経て債権者に取得されるものと軽信して昭和四十年四月末頃右土地売買を承諾し、杉山茂は同年五月六日荒井喜三郎の名で塩川と本件土地売買契約を結び代金として合計八百万円を四回にわけて同人に支払ったこと。

(その買受の実情は後記認定のとおりである。)

(二)  杉山茂は昭和四十一年三月上旬塩川栄に対し本件土地の移転登記手続を為すとて同人を御殿場市所在今関司法書士事務所に呼び出し、同所において登記手続に必要な書類を塩川から受領の上自宅に戻った塩川に対し東京のお客に登記する旨を架電し申請外大曽根寛に対して本件土地の所有権移転登記を為した。塩川は本件土地が債権者に登記されるものと思い込んでいたため杉本正夫に対し強く抗議したところ大曽根寛を名のる申請外真木巌及び債務者元代表取締役小笠原初太郎を名のる田中政彦が右杉本宅において塩川に立会人旧地主として疎甲第三十一号証の契約書に署名押印せしめ、同時に疎甲第三十二、三十三号証を作成して塩川に交付した。大曽根寛が本件土地を買受けたものでないことは債務者の明らかに争わないところ同人は昭和四十一年二月末か三月上旬頃兄笹垣甲四郎より一時知人の買受地の所有名義人になって貰いたい旨の依頼を受け乞われるままに自己の実印印鑑証明、居住証明を右笹垣に交付しその結果右登記名義人となったもので、笹垣は田中政彦より依頼されたものであること。

(三)  ところで杉山茂は塩川から本件土地を買付けるについては申請外三幸商事株式会社御殿場事務所に赴き同所において、田中政彦、東谷昇に右話を持ちこみ同人等はこれを芹沢利一にはかった上杉山にその代金を交付し、且つ荒井喜三郎名をもって買受けるよう指示を為したものであるが三幸商事株式会社なるものは登記簿上昭和三十九年十月九日不動産の売買並びに仲介あっせん、これに附帯する一切の業務を目的として東京都墨田区向島一丁目二十九番五号を本店所在地として設立され役員として亀川澄夫、東谷保、佐々木和子、田中孝一が就任しているところ、右東谷保は東谷昇の、田中孝一は田中政彦の夫々弟であり、佐々木和子は東谷昇の妻東谷和子の別名であり、また亀川澄夫は東谷昇の大学時代の先輩で不動産業者の登録を受けているものであって、右設立当時の本店は坂口全弘の経営する坂口電機株式会社の建物内にあり右会社の設立はつぎのような事情によるものであること。即ち

東谷昇(しばしば中村を名のる)田中政彦は何れも不動産ブローカーであるがかつて坂口全弘に出資させて投資を目的とした土地売買で利益を得た経験から右坂口を誘い、債権者が御殿場、裾野地区に進出することを知りいち早く用地予定地を買付けた上債権者に売却して利得することを計画し、東谷昇が御殿場周辺の土地仲介をしていた頃知り合った裾野地区の不動産ブローカー芹沢利一、田中政彦の知人千葉健三等と共に同人等の手持金、銀行借入金を資金としてトヨタ用地予定地を地元地主から買付けこれを県を通じて高価で債権者に売却しその差額を分配していたが税金対策及び各自の本名を出すことをさけるため形式上会社組織とし、その役員に前記のような親族の名前を使用した。杉山茂は御殿場周辺で不動産ブローカーとして一目をおかれている芹沢利一のもとに出入りし同業の坂口文明と共に右芹沢及び東谷昇、田中政彦のため不動産の買付けに協力していたが、右東谷、田中、芹沢等は何れもトヨタ用地買収の進捗状態について詳細な情報を得ており、殊に芹沢は御殿場市役所に出入りし御殿場地区のトヨタ用地買収が完了したこと、昭和四十年四月下旬頃判示のように杉山茂が杉本正夫を通じて持ち込んだ本件土地が右御殿場地区買収対象地であることを知っていたと考えられること。

三幸商事株式会社の名が漸次県及び債権者に知られるようになったため、右東谷、田中、芹沢、坂口(全弘)等は取引上不利益であることを慮り荒井喜三郎なる架空名をつくりこれを取引主体とすることを考え本件土地の買主も右荒井喜三郎としたが、昭和四十年八月頃株式会社荒井事務所を設立(登記簿上同年十一月九日)し右荒井喜三郎を代表取締役に充て、不動産取引に経験のある山本好信を好条件を示して右会社に就職せしめ登記簿上の役員に同人及び妻山本久子の名を登載し、山本好信に荒井喜三郎を名のらせて前記東谷、田中、芹沢、坂口、千葉等がすでに取得したトヨタ用地内の土地を県を通じて債権者に売却する仕事に当らせ、山本好信は荒井事務所代表者荒井喜三郎の名で裾野町御宿字六沢千六百五十一番山林一反四畝十歩外四筆、同町今里字木ノ根坂千二百十二番原野一反四畝十七歩外二筆同町今里字蒲畑三百六十七番山林三反一畝二十五歩外二筆を合計一億八百万円で売却した。なお杉山茂は右裾野町今里字木ノ根坂千二百十二番原野外二筆を杉本達夫から買付けるに際しても前記三幸商事関係者からの指示により買主を荒井喜三郎(その肩書を十和田商事株式会社とする。)として売買契約書を作成していること。

右東谷、田中等は、静岡県商工部工業第一課係員がトヨタ用地予定地内の土地が同人等により地元地主から買付けられたのを債権者のため買戻しないし買受けるべく同人等と接触しているうち、同係員の所持するトヨタ用地の工場及び総合車輛試験施設配置図を秘かにうつしとり建設予定の各施設位置等を知り、杉山茂のもち込んだ本件土地がテストコース上にかかるため相当高額な値段をつけても債権者としては買わざるを得ないとの予想を立て昭和四十年九月頃県係員が荒井事務所本社とされている目黒区三田所在マンションセントラル目黒二階事務室を来訪の際、山本好信をして本件土地の権利証等を示さしめ、さらに同年十月一日本件土地をさる投資家に売渡したが県の買収に協力する旨の念書を入れるなどしてその売買価格のつり上げを画策し、同年十二月下旬山本好信に本件土地を坪当り二万五千円で売付けることを指示したこと。

(四)  さらに≪証拠省略≫によれば、債務者会社現代表者和田範正は東谷昇の叔父であり、当初債務者代表者として登記された小笠原初太郎は東谷昇の姉知恵子及び母東谷道と共に北海道石狩町所在和田水産株式会社附属の家族寮に同居し、右和恵子と内縁関係にあるものと考えられ同人と共に和田水産株式会社石狩工場に勤務しているものでかつて自己が債務者会社代表取締役であったことは知らず、債務者会社代表者として行動した経験がないこと。

和田水産株式会社は和田範正のいわば同族会社で帯広市、ついで石狩町においてさくら貝その他海産物加工業を営んでいるが昭和四十一年に経営上行きづまり不渡手形を出して現に多額の負債が未整理の状態にあること。

和田範正は本件土地外同じくトヨタ用地内裾野町今里字木ノ根坂千二百五十番の一原野四反四畝十歩外四筆合計約五千坪及び駿東郡富岡村御宿字小嵐千八百三十一番の三、原野二畝十七歩外六筆合計約千五百五十坪を同時に買受けたとし、且つ一部は投資目的、主目的を海産物食品加工工場建設としながら具体的な建設計画を立てていない上、周辺の土地事情、水脈の有無、道路、排水設備その他用益権設定の難易、気象条件など通常考えられる調査を行っていないこと。(仮りに右調査のため関係公署や少くとも隣地所有者に本件土地やその周辺の土地事情を尋ねたならば容易に債権者の工場等建設用地であることは知り得た筈である。)

以上の各事実が一応認められる。

右認定事実に、債務者は昭和四十一年七月二十七日債権者より本案訴訟を提起され本件仮処分におけると同様の権利を主張され乍ら前所有者からの買受価格については本案及び本件の弁論を通じ全く明らかにしていなかったが、本件の口頭弁論期日の終りに近い昭和四十四年五月二十七日の期日の証人調において証人東谷昇が、また最終期日の同年六月十九日の債務者代表者本人尋問において和田範正が夫々本件土地及び外前記二ヶ所を坪当り二万二千五百円総額一億七千九百万円(本件土地分として七千数百万円)で買受けた旨供述し、更に和田は右代金を昭和四十年七月頃から約一年間に亘りすべて現金を北海道より持ち運んで支払いその領収証や売買契約書など一切破棄した旨、右資金はすべて不渡手形を出して多額の債務を負っている和田水産株式会社が他(その大部分を個人金融業者)から借入れたものを和田個人が借受けた旨を供述し、このようなことは通常の取引においては常識上殆ど考えられないものであること、また債務者は本件においてはじめ本件土地を大曽根から買受けた旨主張していたが昭和四十四年六月十九日付準備書面において荒井喜三郎こと田中政彦から所有権をうけついだ、と従来の主張をかえていること、さらに東谷昇、和田範正の各供述によれば和田はさくら貝の加工を主とする海産物食品加工場用敷地を求めて沼津市周辺の適地を探しているとき、たまたま東谷から本件土地外前記二筆を紹介された旨供述するが仮りにそうとすれば東谷は前示認定のように田中政彦坂口全弘芹沢利一等と共に本件土地を買付けるにあたって右土地がトヨタ用地の総合車輛試験施設計画上に占める位置を知っていたこと、従って右計画が実施された場合にはトヨタ用地内の市道、開拓道路等一切の道路は廃道となって閉鎖され本件土地は右用地内に孤島の如き存在となるものであることは当然知っていたと考えられるのに、叔父のため工場用地に適切であるとて本件土地を八百万円で購入して僅か二ヶ月後に七千数百万円で売却すると云う悪質な地面師にも似た取引行為を為したことになるのであるから、善意の買主ならば当然将来その利用の不可能であることや暴利行為などを取り上げた売買契約を解消するか損害賠償請求等の措置に出るべき筈であるのに、債務者会社の名において右田中、東谷、芹沢、坂口等不動産仲介業者や出資者と終始同一行動をとって後記認定のように本件土地を占拠し、その上にプレハブの本件建物を建築し同建物内にアルバイト学生を管理人として住み込ませるなどの挙に出ていること、甲第三十一ないし三十三号証を塩川に提示又は交付する際債務者代表者小笠原初太郎を名のったのは田中政彦であり、一方大曽根寛を名のったのは債務者会社従業員であるとする真木巌であること並びに弁論の全趣旨を考え合わせると、本件土地が果して海産物加工場敷地として適切であるかどうかについて深く審理するまでもなく債務者の本件土地所有権移転登記は右東谷、田中、坂口、芹沢等が善意の第三者を装うための譲渡行為に因るものか、または債務者会社の設立自体右田中、東谷、坂口、芹沢等の本件土地所有のための権利主体をつくり上げるための行為と云わざるを得ない。

そして前示認定のように杉山茂は右東谷、田中、芹沢等の指示により本件土地について荒井喜三郎をもって塩川栄と売買契約を結んだもので、右行為は右東谷、田中、芹沢等の機関として為したものと云うべく従って杉山茂が本件土地を買受けたものとは認められず、結局東谷昇田中政彦芹沢利一坂口全弘等が前示認定の意図のもとに債務者名で本件土地を塩川から共同取得したものと云うことができる。

四、以上のように商業登記簿に表示される債務者会社は実質上本件土地の所有権者と云い難くその所有登記名義は仮装のものであり、本件土地は東谷昇、田中政彦、坂口全弘、芹沢利一が債務者名義で所有するものであるところ、その取得について前示認定のとおりであり特に、譲渡人である塩川栄の法知識の欠除につけ入り偽罔手段を講じ且つ利欲をもってそそのかし右二重譲渡行為を決意せしめたこと、債権者が一体として使用すべく数百万平方米の土地買収を行っていることを知り売買交渉の間隙をぬって地主からその一部の土地を買付けた上これを高額で債権者に売却しすでに一億数百万円を利得し、さらに本件土地がトヨタ用地内に占める位置を知って右のような手段でこれを入手し、これが第三者に所有されると本件総合車輛試験施設利用上致命的な障害となることを奇貨として極めて高価な価額での取引を成立せしめることを目的としていること、一方本件土地を債権者以外のものが取得しても右は巨大な工場及び総合車輛試験施設内の一部に孤島のような形で存在するめくら地であり、右施設とかかわりなく利用すること自体不可能に近く囲繞地として右施設内の通行権を主張し得るような場所でもないことを考え合わせると右は到底正常な取引行為と云うことはできず、法の保護する取引自由の範囲外にあるもので民法第九十条の公の秩序善良の風俗に反する行為として無効であると解さざるを得ない。

よって債務者が本件土地所有権移転登記名義を有するとしても有効にその所有権を取得したことにはならないので、債権者の登記の欠缺を主張することは著しく信義に反し従って債務者は民法第百七十七条に云う「第三者」に該当しないものと解すべく、債権者は本件土地につき未だ所有権移転登記手続を得ていなくともその所有権取得を債務者に対し対抗することができるものと云うべきである。

第二、本件仮処分の必要性。

一、≪証拠省略≫によれば土曜日である昭和四十一年六月二十五日午後及び日曜日の翌二十六日たまたま工事関係者が休みに入りかけたところを突然債務者の名をもって数時間で本件建物が建てられついで木杭鉄線などによって本件土地の周囲に柵がめぐらされたこと、本件(四)の建物はテストコース用道路として鹿島建設株式会社が約三米近く盛土工事をほどこした上に建築されたこと、同年七月一日より債務者の従業員としてアルバイト学生の戸部武夫、丹下章、西村戦也、小川雅人が雇われ同建物内に起居し右(四)の建物敷地である本件(二)の土地に債務者の占有を示す表示看板が出されたこと、爾来右アルバイト学生は当初債務者従業員と称する真木巌の指示その後主として東谷昇、芹沢利一の命令をうけて昭和四十二年五月頃(小川雅人は同四十年九月頃)まで本件建物内に居住しその後は黒木を名のる東谷昇の弟その他債務者従業員と称する者数名が交代して居住していること、右建物はプレハブの仮設建築物で上下水道電気設備はなく居住者は車で町に出て食事を為し飲料水等を容器につめて持ち帰る生活をしており、(三)(四)の建物共畳敷の六畳間一室及び約三坪の板の間一室とからなり居住用ないし工場としての用途をもち得ないものであることが一応認められる。

二、自動車の資本自由化の近い将来における実施が確定的であることは最早公知の事柄に属するところ、≪証拠省略≫によれば従来国内産業振興政策上自動車産業は厚い保護下に成長しその結果自動車工業は日本の経済に重要な地位を占めるにいたったが、その技術面においては主要部分が外国技術の導入に頼って来た関係上欧米先進国殊にアメリカ合衆国の自動車工業界の現状に比較し格段の劣勢にあること、我国における高速道路の整備に伴い従来ガソリン消費量の面からの経済性を特長としていた国産自動車が、高速安全性の面で欠けるところの多いことを露呈し事故多発により社会問題化していること、さらに≪証拠省略≫によれば自動車の高速安全性の追究及び排気ガスによる大気汚染の防止は国内のみならず諸外国でも重要視されその各基準が高められつつあり右基準に適う各種自動車の技術開発研究は一日もゆるがせにできず、しかも熾烈な国内国際競争の下で行なわなければならない状態であること、日本の自動車産業は国内需要の面で飽和状態に達し乍ら市場開拓が行われているが、他面その輸出は急激に伸長し今後は輸出による需要により多くの期待をかけなければならない状態であり資本自由化による外国巨大産業に対抗しつつ前記国内外の諸問題に対処すべく重要な岐路に立たされていること、債権者は日本において一、二を競う自動製造業者で右国内における自動車産業のおかれている現状をそのまま内包しその対策のため従来所有していた愛知県豊田市所在の工場、車輛試験施設がその規模や施設面で不十分なところから百数十億円の資本を投下して東富士地区に工場並びに総合車輛試験施設を建設したものであることが一応認められる。

三、ところで≪証拠省略≫によれば、債務者は本件土地上に本件建物を建築後前示認定のように数名の従業員を居住せしめ主として東谷昇、芹沢利一の指示により本件土地内で重油、ガソリンをかけた自動車古タイヤを燃焼させ、右(三)及び(四)の家屋をテストコースを使用して何回となく往復し、夜間テストコースにおいて車輛の試験走行中ライトをテスト車に照射し、走行中の新車を写真撮影し、本件(四)の建物附近テストコース上に挙大の石数個及び小石多数をまき或いはテストコース上に自車を斜めに駐車するなどの妨害ないしいやがらせ的な行為を為し、又段ボール箱を車に積載して本件建物内に搬入、搬出して殊更な使用を為していることが一応認められる。

四、また前示認定するように本件(四)の建物はテストコース予定地上に建てられているが別紙添附図面(二)に示すように同所は直線路からスキッドパッドへの進入口にかかる部分であり、≪証拠省略≫によれば本件(二)の土地の使用不能により直線路から高速進入して雨雪下の路面状態での運転試験を行うためのスキッドパッドの利用は不可能となっており且つ本件(一)の土地使用不能により予定されている衝突実験場の建設が未着手を余儀なくされていること、さらに右(一)(二)の土地内に立入るため債務者の従業員が通路として使用するためスキッド路、横風送風装置の全面完成は不可能であり、右一部既成装置を使用して運転試験を行うことは立入者に思わぬ人身事故を惹起せしめる危険が濃厚であること、右従業員の立入りが行われている限りテストコース内での高速運転は双方に人命にかかわる事故をおこす危険がつきまとい、いきおい債権者は高速走行による各種試験を断念せざるを得ず且つ産業上の機密保持の見地から新車の走行試験等をさけざるを得ないこと、右総合車輛試験施設は各施設が相互に関連しその連繋の上に綜合的に利用される部分が多く、右障害のため右施設の全面利用が甚しく妨げられる結果となっていることが一応認められる。

第三、結論

以上の各認定事実を綜合すれば債権者の被保全権利の存在は一応認められ債務者は債権者の所有権及び占有を侵して本件土地を不法占拠したもので、右土地及びその地上の本件建物を使用する必要性は殆ど認め難い反面、債権者が債務者の右占有により蒙る不自由並びにその損害は極めて著しく回復し難いものであると云うことができ、右障害の除去は緊急を要するものと認められるのでこれをさけるため本件建物及び本件土地の周囲にめぐらした柵その他工作物を収去して右土地を債権者に明渡すべきことを求める本件仮処分の申請は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 永石泰子)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例